2007年11月アーカイブ

不祥事から復活したペッパーライスで、
国産黒毛交配牛という最高級の肉が
なぜか期間限定840円で提供されているとのことで
夜職場のみんなで行ってみました。
「こんな良い肉を1000円以下で提供しているとは
ペッパーの幹部は脳みそがスポンジになったのか?」
と批判? されている曰く付きの商品です。

http://www.pepperlunch.com/campaign/campaign_01.html

感想としては、
8月に食べた松阪牛の次にうまかった。
しかし、ペッパーで味付けした上に、
鉄板でカリカリに焼いてしまうと
結局普段のジャンク肉とおいしさ変わらず!

生肉載せて鉄板で出されたとき、すかさずお肉を
ご飯の上に載っけて、レアでいただかないと、
肉の味がわからなくなります。

そのせいか、職場の人からは、
ペッパーランチはおいしいけど、肉がそんなにすごいとは思えない、
とそこまでの評価は得られませんでした。

本当においしかったので、11/30までの限定商品だから
もう一回は行こうと思います。
豊川信金で着服1億8600万円か
豊川信用金庫といえば、
心理学では有名な
豊川信用金庫事件の舞台です。
(警察の捜査によりデマの発生とそれが取り付け騒ぎになるまでの過程の詳細が解明された珍しい事例)wikipediaより

豊川信用金庫事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E4%BF%A1%E7%94%A8%E9%87%91%E5%BA%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

こんなニュースがあっても、
(多分)月曜日に取り付け騒ぎはおきないでしょう。
情報の伝播のスピードが速くなり、
全国的に職員の着服というニュースが日常茶飯事になったからこそ、
パニックにならない。

これは良い時代になったと言えるのでしょうか。

余談ですが、サブプライム問題で取り付け騒ぎに揺れる、
英ノーザンロックのWebSiteには
http://www.northernrock.co.uk/

We're open.

と書かれています。これはノーザンロックのスローガンなのでしょうか、それとも、事態を沈静化させるためのメッセージなのでしょうか。
ビジネスのゴールは、どこに設定するべきでしょうか。

-顧客の満足でしょうか
-利益の獲得でしょうか
-プロジェクトの円滑な終了でしょうか
-ユーザーの支持でしょうか

それぞれあるのでしょうが
ステークホルダーをきちんと定め、
プロジェクトのバリューを把握し、
チームの目標を明確化する必要があります。

それが複数で出来ないのであれば、
一人一人が、プロジェクトをそれぞれ回した方が
円滑で、より多くの利益を得ることが出来ます。

組織で動く事のメリットは、
それぞれのValueを集わせ、シナジーが生成されること。

優秀だけど、組織で動けない人はたくさんいます。
そんな人が組織にいて苦しんでいることもざらです。
NEC元会長の関本忠弘氏が死去
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=338000&media_id=32

ダイエーの中内功の訃報を聞いてからしばらく経つが、
先日伊藤忠商事の瀬島龍三が逝き、関本が逝った。

彼らは80年代の昭和末代、輝き、日本をリードしていたが、
一方で21世紀に入ってから、世間は冷淡であり、
多くのネガティブな批評を浴びた事まで共通している。

しかし、その中でも
これほどまでに同情を禁じ得ず、気の毒な訃報を聞くのも、
久しぶりに思える。

それほど、関本は気の毒な人であった。

関本は、NECの衛星通信畑を経て、
53歳の若さでNECの社長に就任。
「マルチメディア」の旗手として、
PC-9800シリーズを10年以上に渡ってNECのドル箱商品にし、
「中興の祖」と言われた。
それに伴い、ジャストシステムの浮川夫妻、ソフトバンクの孫正義、
アスキーの西和彦といった面々を育て、
彼らがベンチャー企業の経営者から、大企業の創業者になる
一助となったことも、彼の功績として見逃せない。

NEC元社長・会長、国際社会経済研究所名誉顧問 関本忠弘死去のお知らせ
http://www.nec.co.jp/press/ja/0711/1202.html
関本忠弘略歴、表彰歴、社外活動歴、主な著書
http://www.nec.co.jp/press/ja/0711/1202-01.html

の中で

平成14年12月 日本電気株式会社 相談役 退任

とある。これは当時の西垣社長の明らかな「解任」であり、
NECのお家騒動であった。
死してなお、自分の経歴を改竄されてしまう、
関本の人生は気の毒でなくて何なのだろうか。

西垣社長は傾いたNECの経営を立て直すために、
関本が社長の時に落成した三田本社ビル(NECスーパータワー)を証券化、
関本の出自である衛星通信事業を縮小し、
関本が社長の時に栄華を極めた半導体事業を分社化した。
これに関本が怒り、マスコミまで通じて経営陣批判を行ったので、
流石の西垣も郷を煮やしたのだろう。
しかし、当時の関本は、所詮取締役すら外れた、
ただの名誉職である相談役。
上場企業の社長が、産廃業者に金を渡し、
NEC本社と、関本の自宅に街宣車を回すまでに
怒るべき我慢の出来ない出来事だったのだろうか。

時代の変化を捉えきれず老醜をさらす関本と、
とはいえ、当時の経営陣にそこまで憎まれる関本。
私はその両面から関本を「気の毒」に思ってしまう。

そして葬儀が長男が存命なのにも関わらず、
二男、澄人氏が喪主となり密葬を行うのも「気の毒」であるが、
NECとNEC系の国際社会経済研究所が合同でお別れの会を開くのも
また関本の「気の毒」なところだ。
ここまで恨まれた組織に、最後の世話まで焼かれてしまうことには、
本当に同情を禁じ得ない。
相談役を解任されても、国際社会経済研究所は続け、
最後は名誉顧問の職で終わることになった関本は、
本当にNECとNECの仕事を愛していたのだろう。

ダイエーの中内功は、紆余曲折あったが、
最後にはダイエーの社長を退任し、
創立した流通科学大学の理事長に納まった。
そして、没後、
それが良いことか悪いことかは別として、
ダイエーは葬儀に加わることを拒否し、
大学葬のみでおくられる事になった。

ダイエーを離れても、
中内は「流通革命を成し遂げた中内」であるのとは対照に、
関本という人間の器は、NECより大きくなることはなかった。

2004年、失意の中にあった関本にIEEEから最高位の栄誉賞が贈られた。
最後まで出処進退を見極められなかった関本という人間には、
フランスの大手ITメーカーBULLを救済し、
シラクパリ市長(当時)から絶大な信頼を得た80年代の輝きは無くなっていた。
そんな関本に対し、NEC社長時代の功績を評価し、最高位の表彰が行われることは、
皮肉と言わずしてなんなのだろうか。

実に気の毒である。
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