2009年10月アーカイブ

「小学五年生」「小学六年生」が休刊 小学館
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/091026/bks0910261352002-n1.htm

ついに小学館までもだ。
小学館は小学五年生、小学六年生を廃刊にし、
両者を統合した新しい漫画誌「GAKUMANPLUS(仮題)」を創刊する。

私が小学生だった頃、小林よしのりが、小学四年生(だったか忘れた)で
「ジャンプを部数で打倒する」と気炎を上げる特集記事があった。
「小学校の一学年のみをターゲットしている時点で志が低い」と喝破し、ジャンプに部数で勝つための破天荒な策を紹介していた。
 勝海舟は、アメリカに渡って、議会で対立する議員が、激しい口調で非難し合った後、仲良く食事をしたことに驚いたと言うが、私はその雑誌の中面にジャンプの広告が入っている事に、幼心にも矛盾を感じたものだ。

 鳩山由紀夫の所信表明を読んだ。無血の平成維新とは大きく出たものだが、維新の中身は弱者に配慮、コンクリートから人へ、絆を取り戻せ、と「友愛」が満載だ。ずいぶんと内向きな維新ではないか。明治維新で言えば攘夷派が政権を取ったような話だ。

 「人間の究極の幸せは4つです。愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること。働くことによって愛以外の三つの幸せが得られるのです」という言葉を引いてコミュニティの再興を訴える鳩山は、果たして政治家と言えるのだろうか。寺の住職の言葉らしいが、その通りだ、日本では宗教家でないと普通こんな事は臆面も無く言えないものだ。

 昨日の参議院補選の結果を見ると、完全に民主党を中心とした与党の圧勝だった。
今までの定石だと、与党が大勝した後の補欠選挙は、
国民のバランス感覚が働き、野党が勝利しやすくなると言われていた。

 しかし、結果的には民主党が圧勝。自民党は谷垣総裁が何度も選挙区を回ったものの、勝利する事はできなかった。自由民主党は終わってしまったのだろうか。

反管理教育運動を出発点に、異端的極左活動家となり、
今時政治犯として2年投獄され、現在に至るも、反体制知識人。
-2007年東京都知事選挙の外山恒一の政見放送


外山恒一が政治犯なのかはともかく、
久しぶりに日本に「政治犯」が生まれてしまった。

ある国の政治体制の中で「反政府的」とされる態度・言動をとったり、「反政府的」とみなされる組織をつくるなど革命運動・抵抗運動・反政府活動を展開したことが元で、政治的理由で逮捕状が出されていたり、刑務所・収容所などに収監されている者
(wikipedia)

と定義される政治犯という概念に、
8/30に民主党が政権をとってからの西川善文は、ぴったりと当てはまる。

近くのローソンが、9月より酒とたばこを販売しなくなった。
店頭に12月頃まで販売できなくなりますとの張り紙が貼ってあって
なんでなのか不思議に思っていた。

近隣に既存の酒店やたばこ屋がある場合、
酒やたばこを販売できないコンビニというのはたまに見るが、
既得権益を手放すコンビニというのは見たことがない。
多分売り上げには相当影響があるのだろうし。

気になっていたので
先日、レジで人の良さそうなお姉さんに買い物ついでに
「免許切れちゃったんですか?」と聞いてみたら、

「店長が急に辞めちゃったんですよー、
すぐに(免許)書き換えないらしくて、販売できないんですよー」

と残念そうに言われた。
あの人の良さそうで不器用そうな腰の低い店長。
松田洋子の漫画で言うところの、
不渡り2日前の社長みたいにテンパッってた店長、
って誰もわかんないか。

仏ルノー:GM「サターン」への自動車供給交渉、最終段階で決裂
ブルームバーグ(2009/10/2)

サターン売却が白紙に...GMとペンスキー、交渉決裂
Response.jp(2009/10/1)

サターンが無くなる。
85年にGMの作った「日本車キラー」と呼ばれた、自動車ブランド、サターン。
感じの良い笑顔で迎えるリテーラー(ディーラーのことをこう呼んだ)、
ワンプライス値引きなしの販売。低燃費高性能で小型なボディと、
それまでのアメリカ車とは一線を画した車は、
アメリカで大ブレイクした。
気をよくしたGMはサターンを「世界戦略車」として世界展開しようとした。

「礼をつくす会社、礼をつくすクルマ」というキャッチコピーで日本にも進出。
ぶつけてもへこまない樹脂バンパーや、
後席にもドアのある3ドアクーペなどのアイディアで
日本で日本車と同じ土俵で闘おうとした。
僕が思春期に最も影響を受けた車の一つだ。
しかし品質問題やアメリカ車へのネガティブイメージから日本では
2001年に撤退。
世界展開は大体失敗し、最近ではアメリカとカナダで年20万台を売る、
ニッチなブランドに落ちぶれていた。

GMが破綻後、米ディーラー大手のペンスキー・オートモーティブが買収。
製造はルノーに委託し、マーケティング・販売を行う計画だったが、
ルノーとの交渉が破談になり、サターンの存続の道は絶たれた。

僕が思うにGMの最大の失敗は、
経営陣の経営計画が常に数あわせに終始していたことだったと思う。
シボレー、キャディラック、ポンテアック、サターン、ビュイック、
ハマー、GMC、ヴォクスホール(英)、オペル(独)、サーブ(スウェーデン)
デウ(韓)、スズキ(日)、スバル(日)、ホールデン(豪)
たくさん保有するブランドの中から
地域やマーケティングに合わせて、全く同じ車を、違うバッヂで売り出した。
これをバッヂ・エンジニアリングという。


例えば日本でも
オペルが設計しGMタイ工場が製造した車が、
オペル・ザフィーラ、スバル・トラヴィックという名前で売られていた。
ザフィーラの方が50万円~100万円ほど高く、
「外国車の意味のないプレミアム価格」と、当時話題になったものだ。

特に89年~97年にかけてアメリカにあった、ジオというブランドは、
GMの体質を如実に著すものだ。
小型車が消費者に求められていたので、
スズキやトヨタ、イスズの車にジオというバッヂをつけて、
シボレー店で売り出した。
そこそこ売れたようだが、小型車なので、利幅が低く、
97年に廃止されてしまった。

そもそも日本のメーカーに製造を委託していたのだから、
ただでさえ利幅の薄い小型車がさらに儲からないことは明白だったはずだ。
なのに、自社で小型車を開発しよう、という発想にはならなかった。
その後、GMの経営陣がやったことは破綻した韓国メーカー、大宇の買収だった。

世界で年間600万台の車を売らないといけない。だから・・・
利益は○億ドル稼がないといけない。だから・・・
というデトロイトの経営はアメリカの景気後退とともに潰えた。

T型フォード一車種だけのフォードに対抗し、
多彩なラインナップで勝負したときから、破綻するまで、
最後までGMはテクノロジーで勝負する会社になれなかった。

そのGMからバイアウトされようとしたサターンが、
買収され、バッヂ・エンジニアリングで再生しようとし、
結果的に失敗したとは、実に皮肉なものだ。

車は最後はテクノロジーであるという当たり前の事に、
誰も気づかなかったのだ。

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