2010年になりました
私が社会の荒波に揉まれ始めたのが2000年ごろなので、それから10年たったことになります。
昨年は正月を中国の紹興で、その前の年は台湾の高雄で迎えました。
それに比べると随分去年はドメスティックな年でした。
いきなり政治がドメスティックになってしまった。みんなこんなのでいいのかと思いつつも、実は競争も変化も嫌いでシュリンクする経済に漠然と不安を抱えつつも、手当や景気対策に期待をしています。
自分も含め人間は実に怠惰な存在です。怠惰なので楽な方へ行ってしまうのです。
■日本は中国化し、中国は日本化する
中国の言論を批判する人がいますが、日本の言論も随分偏狭で窮屈になりました。韓国ではさらに顕在化していますが、ネット言論はすぐに小市民的な正義感で人を叩くし、最近では朝日新聞でもあからさまに左翼的なことは言わず日米安保を肯定してしまってどの新聞にも色がなくなっている。逆に産経新聞は本当に民主党が嫌いなようで、意外な感さえあります。
新聞もテレビも部数減や地デジ化で青息吐息な状態です。じきに補助金を民主党にせびるようになるのではないでしょうか。何が成熟かは解りませんが、ネットメディアも成熟したとはいえません。
人々が大局感を持たないと、道徳の教科書的に正しいのか、といった小市民的な正義感で世間を見がちになります。事態は矮小化され、漢字が読めないだの、些細なワンフレーズが揚げ足をとられるようになります。
これは日本特有の現象かというとそうでもない。中国もそうなのです。言論は政府で管理しているのでどこも似たり寄ったりだし、ネットは熱しやすく政府もコントロールできない状態です。段ボール肉まんのようにキャッチーな話題には皆がすぐ飛びつく。
政治や体制の変革に興味がなく自分の生活や周囲さえよければ特に問題ないというのも同じではないでしょうか。
乱暴にいえば中国と日本は異床同夢なのです。中国人はマナーが悪いとか、法治国家ではないとかいう人もいますが、小市民的な正義感は幸いにしてそれを解消する力を持っています。じきに正しくはなるでしょう。
日本が中国化し中国が日本化した場合、間違いなく数の論理で中国に巻き取られてしまいます。文化的には相互にインスピレーションし合うかもしれませんが、塊はどちらか一方にならざるを得ません。つまり日本は中国化します。
これは人民解放軍が九州を攻めてくるよりも深刻な問題かもしれません。攻めてきたことすらわからないのですから。
■社会は平準化する
ゴールドマンサックスのような高給取りのことをとやかくいう人はいますが、社会は今後20年ほどで経済的により平準化することになるでしょう。それは中国の多くの人たちが経済的に豊かになり、日本の人が少し貧しくなることを意味します。同じ情報を見てーそれはロサンゼルスのコンサートかもしれませんが、同じ物を食べるーそれはオーストラリアの牛肉かもしれませんがー時代になります。これは大多数の人にとってはとても良い社会です。最初に述べた通り、人間は怠惰なので適度に快適で適度に管理されていた方が良いのです。
一方で生ぬるい状況に居ることが許せない、体質的に合わない人達は、社会に一定の割合存在します。幸いな事に日本ではそう言う人のことをKYと呼んで、生暖かい笑みを浮かべながら目をそらしてくれます。また、中国といえどもある程度は民主的で、そこまでの理由がないと村八分にされたり、精神病院に入れられる事はありません。堀江貴文さんのように社会の主流を脅かそうとすれば別ですが、無問題なのです。その先には経済や芸術やら、なんだかの適者生存、弱肉強食の世界もあるわけです。
私も人生を考えればどう、どちらにすすむのかはあと数年で決める必要があります。時間切れにだけはなりたくないと思っています。
今年の目標は自分の能力を拡げること、そして可能性を探ることです。正直あまり時間がないので、スピード上げてゆきたいと思っています。
電車の中で komyericsson


コメントする