退陣で 「男」 を上げた鳩山由紀夫

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鳩山由紀夫が去った。菅直人がやってきた。
鳩山政権誕生時、鳩山由紀夫を「新しいタイプの政治家」と現したが、
8ヶ月後の今、鳩山の退陣会見を見るに、「新しいタイプ」の政治家であった。

何よりも、平成に入ってから
ここまできれいに辞めることのできた総理大臣というのは、
居ないのではないか、というのが私の見立てだ。
疑問に思う人も多いと思うので、彼の退陣の会見を引こう。

国民の皆さんの昨年の熱い夏の戦い、
その結果日本の政治の歴史は大きく変わりました。
それは、国民の皆さんの判断は決して間違っていなかった。
私は今でもそう確信を致しています。

これからもっともっと人の命を大切にする政治、
進めて行かなくてはなりません。
ただ残念なことに政権与党のしっかりとした仕事が、
必ずしも国民の皆さんの心に映っていません。
国民の皆さんが徐々徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。
そのことは残念でなりませんし、
まさにそれは私の不徳の致すところと思っています。


総理大臣とは往々にして誕生時には「新時代の幕開け」として華々しく取り上げられ、
退陣時には「何もできなかった」と総括されがちだ。

そして、前政権の反省や批判を踏まえ、その対称となる人材を選ぼうとする。
無能な海部が追い立てられ、有能な宮沢に、
人気のない森が追い立てられ、人気のある小泉に、
陰性の福田が追い立てられ、陽性な麻生に、
左派で頼りない村山が投げ出したので、右派で頼りがいのある橋本に、
といった具合だ。

また数少ないが前政権のDNAを継承しようとした例もある。
細川連立政権を継承して羽田政権が誕生したが、
そもそも衆議院で過半数をとれていないので崩壊した。
小渕首相が亡くなったので、森が内閣を継承したが、
棚ぼたなせいもあり、最後まで脇が甘く崩壊した。
小泉政権を継承して安部政権になったが、
スキャンダルや安部のリーダーシップの問題で崩壊した。

責任ある役職には責任のある辞め方がある。
平成になってから、日本の総理大臣で、
次の代への継承を真剣に考え、辞めた総理大臣がいただろうか。

民主党政権への交代は間違っていなかった。
普天間/政治と金の問題は間違っていた。小沢一郎とその権力も間違っていた。
ここまで、退陣会見で政治の論点を整理した総理大臣もめずらしい。

普天間の問題は、らしくなかったが、
理系でオペレーションリサーチの博士号を持つ鳩山らしい。

何よりも、自爆テロとも揶揄されるが、
小沢一郎という時代を終わらせたのは特筆に値する。
1989年頃から、日本の政治の世界は、
常に「小沢一郎を受け入れられるか否か」という一つのテーマが、
常に政治の世界の中心にあった。

自らの退陣とともに小沢一郎という時代を終わらせようとした行為は
特筆できるのではないか。

もちろん、小沢一郎がこのまま終わるとは思えない。
小渕政権崩壊とともに与党でなくなった小沢の自由党は、
盟友も相次いで去り、一時期は社民党よりも勢いの無い時代があった。
そこから政権与党の幹事長にまで返り咲いた御仁なのだから、
また、新しいドラマもあるのかもしれない。
しかし、鳩山の会見以後、反小沢派(つまり現主流派)の人々は
口々に阿吽の呼吸で小沢が過去の遺物になったことを囁き続けている。

鳩山は私にとって未だに理解のできない、「新しい」政治家だ。
しかし退陣会見によって、少し見直したのは事実だ。
最初の見栄えよりも、散り際の美しさが華開く人間でありたいものだ。

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このページは、管理人が2010年6月 9日 01:36に書いたブログ記事です。

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